ライブ・アット・ミッドウィンター

 吐く息が白く濁る。それも当然なわけで、今は終業式の予行演習が始まりそうな時期の、休日前の平日だ。日は我慢なんぞせずつるべの如く落ち、真っ暗になった駅前の公園を照らす街灯の下で俺は一人佇んでいた。
 別に真冬の夜に一人で目的も無く佇むなんて趣味は無い。そんなヤツがいたら相当の変態か、失恋してしまったカップルの片割れだ。俺はここで人を待っているのだ。と言っても、この場所で俺が人を待つと言ったら片手に数えるぐらいしかいない。具体的に挙げるならば俺が所属するSOS団の面々である。更に、俺が今待ってる人間は一人しかいない。
「待たせたわね。ってもまだ集合時間の前だけど」
 後ろから声をかけられ、俺は顔だけ後ろに向ける。そこには俺と同じように白い息を吐きながら、憮然とした顔で俺をにらみつけてるヤツがいた。あの口調でこの表情をする奴は俺の記憶には一人しか該当しない。SOS団団長であり、この世の中を無意識に改変してしまう迷惑極まりない能力の所有者、涼宮ハルヒである。


「それじゃ、行きましょ。隣町だったわね」
 そう言ってハルヒは駅へと歩を進めていく。俺は白濁とした溜息を一つ吐き、ハルヒの後に付いていく。ふと、傍から見ればこれは一組のカップルがデートをしてるように見えるのだろうか、という考えが頭の端っこを過る。
 そんな事を考えた脳内回路を引き千切りてぇ!
 頭を振ってそれを脳内から霧散させようとする。ハルヒはそんな俺の行動を見てさぞ訝しげな顔をしているのだろう。


 さて、何で俺とハルヒがこんな寒い夜に、しかも二人で待ち合わせしてるのか、説明する必要がある。そうしなければ、とんだ誤解を受けそうだ。主に谷口や国木田辺りに。



 きっかけは、根本から言うなら文化祭の時だ。あの時、涼宮ハルヒはENOZなる学生バンドの手助けをしライブに乱入、しかも成功させてしまった。あの時の衝撃は今でも忘れん。
 言っておくが俺が受けた衝撃とは演奏が上手かったという衝撃ではなく、あのバニーガール姿のハルヒと黒帽子・黒マントの衣装を装備した長門が舞台に上がった時の衝撃の方だ。
 まぁ、確かにハルヒの歌は上手かったけどな。長門のギターも凄かったし。超絶万能宇宙人だと知っている俺でも感動したぐらいだ。
 で、代理ライブを成功させ後日ENOZのメンバーに感謝されたハルヒに、ENOZのリーダーがこう言ったのである。
「卒業までにそのうちどこかでライブをするつもりだから、よかったら見に来てね。そちらの……」
 その時何故かハルヒに連れてこられていた俺の方を見た後
「オトモダチと一緒に」
 と。


 そして、今週の月曜にそのライブのチケットを渡されたのである。ハルヒはSOS団でライブに行くつもりだったらしいが、古泉も長門も朝比奈さんも、その日は都合が悪いと言った。ハルヒは一緒に代理をこなした長門は絶対に来いとしつこく言っていたが、長門は頑なに「その日は外せない用件がある」の一点張りをした。そして数十分後にハルヒが折れてしまったのだ。
 その時俺は感動したね。あの長門ハルヒの誘いを完全に断ったのだ。
 俺としてはいい傾向ではないかと思っている。長門にだってしたい事があるだろう。その時ハルヒに振り回されて出来なかったじゃぁ、報われんしな。ハルヒももうそれぐらいであのけったいな空間を出すことも無いしな。
 あの時の古泉の表情は少し緊張を混ぜたニヤケ顔でいたが、ハルヒが諦めた少し後に普段のニヤケ顔に戻ったし。ハルヒ専門の心理分析家なのだ。間違いない。
 で、俺も用事があると断ろうとしたのだが、生憎俺には断りきれるほどの大事な用件も、たとえ用件をでっち上げたとしてもあの強引な勧誘を断りきれる長門の様な確固たる意思も無かったのである。
 後、ライブに行くのにハルヒ一人ではというのもあった。アイツを一人で放ったとして何をやらかすか分かったもんじゃないしな。
 これらの長ったらしい理由と経過から、ハルヒと俺は二人でENOZのライブに行くことになったのである。



 電車に乗ってから数十分、俺たちの住む町より賑やかである隣町に着き、俺とハルヒは渡されたチケットに書いてある場所へと向かっていく。
「どんなライブなのかしらね」
 さぁな。ただ、文化祭の歌を聴いた限りでは中々いいライブになるんじゃないのか。
「そうね。本番前に聞いたあの曲よかったし」
 そういえば、一時間ぐらいしか練習できなかったとか言ってたような気がする。それであれだけの演奏をこなしたのだ。ハルヒのその万能性はもっと世の中のために役立てるべきだと本気で思うね。
「ここね」
 俺たちは地下へと降りる階段の前に立っていた。これが所謂ライブハウスというやつか。壁には何かよく分からないステッカーや写真が重ねて張りまくってあり、混沌とした模様を形成している。腕時計を見ると、ちょうどライブが始まろうかと言う時間だった。
 地下へと降りた俺とハルヒは、受付の人にチケットを渡しライブハウスの中へと入っていく。
「へぇ、こんなんなんだ」
 ライブハウスの中は微妙な狭さで、薄暗い中若い奴らが立ったままひしめきあっている。100人はいないだろうが、その半分は優に超えてるだろう。ライトによって明るく照らされたステージにはドラムやらマイクやらスピーカーが置いてある。あれってアンプっていうんだったか?
 俺とハルヒは、入り口から少し横に動いた壁に寄りかかる形で立つことにした。人間によって暖められた空気は、着ていたコートを自然と脱がす行為へと促した。
「暑いわねぇ。もっと広いところでやればいいのに。体育館とか」
 特別な学校行事も無いのにライブをするから体育館を貸してくれ、で本当に体育館を提供する学校は無いだろう。公立高校であるウチの高校なら尚更だ。何よりこの時期で体育館は寒すぎる。かといって、ここより広い場所は学生にとって場所代とかの理由で手が出ないだろうし。
 そういう風に言ったら、ハルヒはいつものアヒル顔で俺を睨み付けている。なんだ。
「アンタ、夢も希望も野望も無いわね」
 現実的といってくれ。お前ならライブするから体育館貸せと校長室に突っ込んでいくだろうがな。

 そんなやり取りをしていると、周りの客のざわめきが増えた事に気付く。ステージの方を見ると面識のある女性4人がステージに上がっている。ENOZのメンバーだ。
 ちらりと横を見ると、ハルヒも期待した表情でステージに集中し始めていた。
 かく言う俺も、段々と気分が高揚している。やはり文化祭であれだけの演奏をした人達のライブだ。期待するに決まっている。
 ENOZのメンバーがそれぞれの位置に着いた。あの時と一緒でボーカルはギターを担ぎ、後はギター、ベース、ドラムで構成されているバンドだ。ボーカルがマイクに手を当て顔を近づける。
「あ、あー。ENOZです。ライブ聴きに来てくれて有難う。それでは早速行きます、1曲目――」
 こうしてENOZのライブが始まった。

 
 ドラムのスティックから鳴るリズムで始まった演奏は、俺の期待を裏切る所かそれを超えるぐらいの音を提供してくれている。狭い中で大音量で流される曲は耳にきつそうだが、まぁそれも些細なぐらいの素晴らしい演奏をしていた。あの時は長門の超絶技巧ギターとか、あの万能ハルヒの歌唱力とかでいい曲に聞こえたのかと少し思っていたが、やはりそうではない。純粋に曲が、歌詞が、彼女らが凄いのだということを確認した。
 その後すぐに失礼だな、と心の中で反省した。


 そうして、曲の合間にちょっとしたトークを交えつつ3曲歌った後、ステージの彼女らは俺とハルヒを見たような気がした、気のせいか? その時の笑顔を見て嫌な予感がする。そしてこういう予感は大抵当たってしまう。この直感を是非年末辺りの宝くじに適用させたいぐらいだ。
「えっと、私たちのライブにこれだけ人が来てくれるのも、こんないいところで演奏させてもらえたのも、今年の文化祭があったからです。ここに来てくれる人で、そこら辺の事情を知ってる人は結構いると思います」
 何となくハルヒの方を見たら、ハルヒがちょっと照れくさそうにしている。レアな表情だ。
「今年の文化祭、ボーカルのあたしとギターの中西が出れなくなっちゃって、そんな時に代役してくれた人がいたの。それが、そこにいる人、涼宮ハルヒさん」
 と、俺たちの方に手を差し出してきた。前にいた客たちがいっせいに俺たちの方へと顔を向ける。
 やめてくれ。俺は目立つのが好きじゃないんだ。しかも俺はそれには関係なく、ハルヒの付き添いだ。まぁ、全員が注目してるのは俺じゃなくハルヒだろうが。
「と、いうわけで、涼宮さん来て」
「へ?」
 今度はハルヒが鳩が豆鉄砲を食ったような表情をする。レア表情その2だな。
「早く、さぁさぁ」
 というとENOZのボーカルの人がステージから降り、客を掻き分けつつハルヒの前にたどり着くと、その手を取りステージまで引っ張っていってしまった。
 普段ハルヒに引っ張られている俺としては、非常に珍しい光景だ。というか、あの人思ったより積極的だな。行動力がハルヒに似ている気がする。
「えっと、わたしそんないきなり……」
 マイクを通して、小さいが会話が聴き取れる。
「抜かりなし、よ」
 するとベースを持っていた人が、紙が乗った譜面台をステージに持ってきた。多分あの時と一緒で楽譜が乗っているのだろう。
「歌はあの時と一緒。いけるわね」
 楽譜やらボーカルの人やらベースの人やら俺やらを何回か見たあと、ハルヒは溜息を一つつき、
「……わかったわよ。こうなったら思いっきり行くわよ!」
 と覚悟を決めたようだ。俺はいつもそんな感じでお前に振り回されているという事を覚えて欲しいのだが。
「オッケイ! そのノリ! それでは2曲続けて生きます、タイトルは知っての通り――」
 あの時に聞いた事のあるタイトルコールの後、これまたあの時聞いたギターメロディーが流れてきた。やはり、本当のメンバーが奏でる曲はあの時の曲よりも一体感が増していて、ハルヒ達は臨時メンバーだったということを再確認した。
 それでも、ハルヒの歌声が良かった事を認めてやろうと思っている。今ステージで歌っているハルヒの、アイツのあんな楽しそうな顔をSOS団絡み以外で見れるとはな。


 文化祭での曲を歌った後、ENOZのメンバー達はそれぞれ目を合わせ、頷いた。まだ何か企んでるのだろうか。
「ここで、一つ発表したいと思います。私たちENOZはこのライブをもって解散します」
 客が一瞬静寂に包まれたかと思うと、一斉に不満の声を上げた。横で歌っていたハルヒも目を見開いている。俺も暫く思考が止まってしまった。
「メンバーみんなが卒業して、ばらばらになってしまうのが原因です。こればっかりは仕方ないから」
 あぁ、そうだった。彼女たちはみんな3年生で、そりゃ卒業したらそれぞれの進路がある。何時までも一緒にバンド、というわけにもいかないんだろう。
「だから、最後までしっかり聴いて忘れないでいて欲しいです」
 その後ハルヒにありがとうと礼を言い、ハルヒは舞台から降りてこっちに戻ってきた。なんて言えばいいか迷ったが、素直に歌が良かったことを褒めた方がいいだろう。
「歌、良かったぞ」
「ありがと。でも複雑ね」
 まぁ、真横でいきなり解散といわれたらな。それでも、文化祭で1回一緒に歌っただけだが、ハルヒにとっては大切な出来事だったのだろう。入学当初のハルヒとは全然違う。変わったのだ、ハルヒは。



 かなり盛り上がっていたライブも終わり、ハルヒはライブハウスの前でENOZのメンバーと談笑していた。俺はその傍に立ってハルヒ達の話を聞いていた。
「良かったわ。わたしがステージに上がるとは思ってなかったけどね」
「ふふ。あれは前々から相談してたことでね。私も聴いてみたかったの。涼宮さんの歌声」
「そうそう。良かったよー。流石涼宮さんね」
 ボーカルの貴子さんがの一人が俺の方を向く。名前は先ほど教えてもらった。
「どうだった? 涼宮さんの歌声は」
 何故俺に聞くのですか。
「いいじゃない。で、どうだったの?」
 まぁ、良かったと思います。
キョン、何その感想は。生意気ね。団長の行為はもっと崇め奉るものよ」
「そうよ、褒める時はもっとちゃんと褒めないと」
 メンバープラスハルヒに目線を向けられ、俺は耐え切れず苦笑して空に視線を向けた。
 ライブハウスから出た時には既に雪が降っていた。雪は白いはずなのに、白い雲から振ってくる雪ってのは、なんでこうも灰色なんだろうか。ライブをしている間に降り始めたのだろう。周りの風景はうっすらと雪化粧を纏っている。
「それにしても、解散ってのはビックリしたわ」
「あー、まぁそれぞれ進路があるからね。仕方ないよ」
 ハルヒアヒル口で暫くむすっとしていたが、何かを思いついたのかぱっと笑顔を浮かべると
「このメンバーで、地元に残るのって誰?」
 と聞いた。おい待てハルヒ。今何を考え付いた。
「えっと、私と」
「私ね」
 ドラム担当の瑞樹さんと、ベース担当の舞さんがこの地元に残るらしい。それを聞いたハルヒは捲くし立てる要に言葉を放つ。
「うん。それじゃぁ、SOS団の連中も巻き込んで、新生ENOZ結成なんてどうかしら? ギターは有希に任せればいいし、歌はもちろんわたし! それで――」
「おい、ハルヒ
 変なことを言い始めたハルヒの肩に手を乗せて暴走を止める。そりゃ長門のギターテクニックとお前の歌唱力があればいいバンドが組めるかもしれない。楽器の弾けない俺や、楽器以前にリズム感があるかどうかすら怪しい朝比奈さん、古泉はまぁどうでもいい。アイツならギターぐらい弾けそうな気もするが。まぁ、そういうSOS団の団員よりも地元に残るENOZのメンバーの方が戦力になるのも分かる。それに、確かにこのバンドが作った曲が演奏される機会がなくなるのが惜しいのも分かる。
 だけどな。
「何よ」
 今のENOZのメンバーの表情を見て、気付いたことがある。
「俺達SOS団のことに置き換えて考えてみろ」
「…………」
 ハルヒは、少し考えた後ENOZのメンバーをみて少し反省した顔を見せる。レア表情その3。
「ゴメン」
 しかもしおらしく謝るし。雪も降るわけだ。
 困った色を濃く写した笑顔をしていた彼女たちは、お互いに目を合わせ、
「いいって。そう言ってくれるのは嬉しかったよ」
「「そうそう」」
「こっちこそゴメンね」
 と言ってくれた。助かります。ハルヒの我侭のせいなのに。


 長門が世界を改変し、ハルヒが消えた世界を経験してきたからか何となく分かった。例え何らかの事情があってバンドが解散してしまっても、いや、解散したからこそ彼女たちにとってENOZのメンバーは今以上のものは無いのだろう。ハルヒ長門が代わりを務めても、それはもう別のバンドだ。換えは効かない。
 SOS団だってそうだ。何らかの事情でSOS団が解散してしまう事は、あるかもしれない。いや、あるだろう。朝比奈さんのことを考えれば分かる。しかし、だからこそ今のSOS団のメンバーが大切なんだ。これも換えは効かない。
 それでも、大事にしている仲間がどうしても変わってしまった時に、それからその変化を受け入れていけばいいんじゃないのか? 
 まだ、彼女たちはそれが出来ないんだと思う。ハルヒが新生ENOZの事を話してる時の、彼女らの顔をみてそう思った。ENOZは、解散してしまったけど彼女たちにとってはまだこのENOZであって欲しいのだろう。


「しっかし」
 貴子さんが、ニヤケた顔で俺を見る。嫌な予感が。
「噂どおりね。あの涼宮さんを止めれるなんて」
「ちょ、何言ってるのよ! キョンは単なる平団員よ!」
 同意だ。彼女たちは明らかに勘違いしてるだろう。俺とハルヒはクラスメイトであり、SOS団の団長とそのしがない団員である。それ以上の関係では断じてない。
 というか噂って何ですか。非常に気になるのですが。
「えー、だってねぇ」
 止めてください。そんな笑顔で俺とハルヒを見ても何も出ませんよ。
 ハルヒは俺との関係をおちょくられ一気に不機嫌になる。アヒル口もかなり尖ってきていた。古泉、そろそろ本職の時間かもしれんぞ。
「ま、いっか。キョン君とやら」
 何ですか。
「オトモダチを大切にね」
 そのニヤケた口で可愛らしくウィンクされても、そのままの意味に取れません。


 とりあえず、国木田辺りに今度聞いてみよう。その噂とやらについて根掘り葉掘りな。


 ひとしきり俺とハルヒを弄った後、ENOZのメンバーは会話を止め雪の振る空を見上げた。長い間外にいたせいで、髪やら服やらに雪がうっすらと積もり始めてる。話しに夢中だったのか、自分の体が冷え込んでいるのにようやく気付いた。
「…………」
「…………」
 俺とハルヒはしんみりとした雰囲気の中押し黙っていた。やっぱり、解散となると色々思うところがあるんだろう。あれだけ上手な演奏をしていたんだ。練習だって沢山したのだろうし、摩擦だってあっただろう。喧嘩して解散の危機もあったかもしれない。まぁ、それらの事情は文化祭から2回しか合っていない俺には分かるはずも無い。
「終わったね」
「だねー」
「ま、概ね楽しかったっしょ」
「だね。今日も最高だったし」
 空を見上げたままそう話しているのは、目に溜めた涙が流れないようにするためなんだろうか、とガラに無いことを考えてしまった。
 そして、少しの間4人は沈黙し全員が顔を下ろすと、
「いつか、このメンバーで集まった時、一番下手になってた奴は」
「「「天元軒のラーメンを全員に奢る!」」」
 こりゃぁ朝比奈さんにも引けを取らない明るく可愛い笑顔だ。うちの学生なら卒業式後の告白を決意する奴らもいそうだね。
 しかし、言ってることに既視感を覚えるのだが。やはり貴子さんはハルヒに似ている気がする。強引さというか、積極的な行動力というか。奢りを罰ゲームに据える所とか。


 それから彼女たちとも別れ、俺とハルヒは電車に乗って帰途についている。ハルヒはENOZのメンバーから別れてからずっと眉間にしわを寄せた不機嫌そうな顔をしていた。俺はかける言葉も見つからず、ただ黙って隣に座ってるしかなかった。
 そんな居た堪れない状況のまま電車に揺られ数十分経ち、俺達は最初に待ち合わせた駅前の公園へとたどり着いた。


「ねぇ、キョン
 公園を通り過ぎようとした時、隣にいたハルヒから話しかけられた。顔のパーツの位置は先ほどから大きく変わっていない。不機嫌な状態のままである。
 何だ、ハルヒ
「やっぱり、みんないなくなるのかしら」
 いきなり何言ってるんだコイツは。もっと分かりやすく言ってくれ。
「あれよ、みくるちゃんってもう3年になるし、来年卒業しちゃったらSOS団のマスコットがいなくなるじゃない。そうじゃなくても、その1年後にはわたし達が卒業よ?」
 あー、言いたいことは分かった。卒業したら朝比奈さんや長門や古泉とかと疎遠になって、SOS団も解散してしまうだろうと考えたわけだな。ENOZみたいに。
「どうなるか分からないけど、みくるちゃんだって他県の大学受けちゃうかもしれないんだし、有希や古泉くんだって、そうなっちゃうかもしれない」
 あの二人はそんなこと無いだろう、と思う。あいつらはハルヒの観察や監視のためにいるのだし。まぁハルヒが落ち着いて、あのけったいな能力が無くなればそうなっても不思議は無いだろうがな。
「んで、アンタはまぁその頭で何処行けるかは分からないけど、大学に進学するんだろうし」
 余計なお世話だ。っても、俺も大学に進学するんだろうなとはぼんやり考えている。まだ先の話だけどな。
「そうなって、みんないなくなって、ようやく結成しだ団が無くなっちゃって……」
 このとき、俺は何を考えてたんだろうか。自室に戻って頭を抱えながら自問自答してもその答えは出なかったのだが、とにかく目の前のハルヒらしくない吐露と、その言葉が出るごとに悲哀の感情が混じってくる顔を止めたかったのだと思う。
 俺はハルヒにも分かりやすいような盛大な溜息を吐いた。
「……何よ、その溜息は」
「あのな、そりゃ確かにお前の言うことは分かる。朝比奈さんだって長門だって古泉だって永遠にあの部室に溜まっていられるわけでも無い。当然だ」
 長門は違うかもしれんがな。少なくとも古泉は無理だろう。片足をはみ出してはいるが一応現代人の範疇に入ってるヤツだ。朝比奈さんは未来に戻るだろうが、まぁそれも現代に時々顔を出すぐらいは出来るだろう。朝比奈さん(大)ならそれぐらいの権限は持ってそうだ。
 そして、何かを言おうとするハルヒに被せる様に続きを言う。
「だけどな、多少離れる事とSOS団が無くなるのとは別だろ。暇を見つけては集まってパトロールなり何なりすればいいし、夏や年末や冬なら長い休みも取れるだろ。その時にも集まってまた合宿なりすればいいんだ」
 頭のなかから何とか作り出した台詞を言ってみたものの、ハルヒはまだ眉間に皺を寄せてる。これ以上何を喋ればいいか頭を抱えそうになる。


キョンは」
 結局、沈黙を破ったのはハルヒの方からだった。
「ん? 何だ」
キョンは、一緒にいたいと思ってる?」
 待て、落ち着け。まだ『誰と』一緒にいたいのかが分からないだろ。焦るな。落ち着け。いきなり飛び上がった鼓動収まれこのヤロウ。
そりゃ、確かにしおらしくしてる今のコイツは普段とは全然違って可愛いけどって何考えてるんだオイ。確認しろ確認。
「えーと、誰とだ?」


「……わたし」


 おい、どうしたハルヒ。落ち着け。俺も落ち着け。いや、二人とも混乱してるならお互いを相対的に見た場合は正常だよなって何考えてるんだ俺客観的になれ。
「……と、SOS団の団員よ」
 顔を伏せながらも、アヒル口になってるハルヒに少し鼓動を揺さぶられる。客観的に見ればそれなりに美人の枠内に入るコイツを見て、男性として自然な反応をしたまでだぞ、俺は。
 そして、その質問なら即効で答えられる。
「そうだな。一緒にいたいと思ってるよ」
 ハルヒは、面を上げ見透かすように俺の瞳を睨んだ。本当に色々見透かされてるんじゃないだろうかと思い始めたところで、ハルヒは目を逸らした。助かった。俺ではあの睨みから目を逸らす度胸が無い。ハルヒは目を逸らしたまま話し始める。
「そうよね。キョンは友達少なさそうだし。わたし達がいなきゃ寂しい高校生活を送っていくだろうし」
 五月蝿い。んな事はない。確かに高校の交友は少ないかもしれん。だが俺は中学でも一般男子学生並の交友を築いているのだ。SOS団に高校生活の大半を奪われているから交友を広げられないだけなのだ。
 と言っても、宇宙人と未来人と超能力者との交友は高校でしか育んでない。というか普通はそんな人種とは交友どころか出会いも無いんだけどな。
 俺はその少なからずも珍しい交友をそれなりに楽しんで享受している。後悔でも不幸でもなんでもない。
「そう、わたしが作ったSOS団は不滅よ! たとえ何があっても存続させ続けるんだから! キョンもその一員よ。脱退は団長の許可無しには絶対出来ないわ! んで、わたしは許可するつもりは無し!」
 そう言って顔をこっちに向けたハルヒの顔は、いつもどおりのハルヒの笑顔だった。
 それにしてもその理屈では誰も脱退できんではないか。まぁ今のメンバーは俺も含め誰も脱退したいなんて言わないだろうがな。
「んじゃ、今日はここで解散ね。また部室でミーティングするわよ。そろそろバンドの事を考えていかないと、間に合わなくなっちゃうし」
 あぁ、コイツあの時に言ったことまだ本気にしてるんだな。やめてくれ。俺は打楽器担当か裏方担当にして欲しい。打楽器といってもタンバリンとかカスタネットとかのごく簡単なヤツだ。
「アンタも、何か考えておきなさいよ!」
 と言ってハルヒは自分の家へと走っていった。この寒い冬の中でも元気なヤツだな。少しは変温動物を見習って欲しいものである。そして俺は真っ当な恒温動物なので、下がってきた体温を震えで補いつつ、家路を辿る。


 明日までにはハルヒの言うとおり何か考えておかないといけない。でなければ団長様に何をされるか分からないしな。とりあえず自宅に帰ってから考えようと思う。それからでも十分に間に合うだろう。
 といっても、高々凡人の俺が考えることなぞ、ハルヒにとっては面白くも何とも無いに違いない。俺があいつに面白いと思わせた案を出したのはSOS団成立の時だけじゃないのか。
 まぁ、俺の案なんぞ関係なくハルヒは自分でイベントを考え、自分勝手にやっていくのだ。俺達がそれに巻き込まれ、ハルヒのフォローに回る。それがSOS団の通常業務である。
 そして、俺はなんだかんだでそれが一番楽しいのだ。